9・25耕作権裁判、傍聴へ

 耕作権裁判の要項は以下のとおりです。

 9月25日(月) 午前10時30分開廷
 千葉地裁601号法廷
  ※傍聴希望者は整理券が発行されますので、10時までに1階ロビーにお集りください。
  ※裁判前にデモ行進があります。 9時、千葉市中央公園集合です。

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請求異議 次回期日は11月6日です!

 追って指定、になっていた請求異議裁判の次回期日は、11月6日になりました。傍聴よろしくお願いします。

 請求異議第4回裁判
 ・11月6日(月) 午前10時30分 開廷
 ・千葉地裁601号法廷
  ※傍聴を希望される方は、整理券が発行されますので、10時までにお集りください。

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「権利濫用」の主張を全面展開  請求異議第3回裁判(8月10日)

 8月10日、請求異議の第3回裁判が千葉地裁民事第5部(高瀬順久裁判長)で開かれた。この裁判で弁護団は、市東さんの農地取り上げの強制執行が「権利の濫用」にあたることを全面的に明らかにした。
 市東さんが請求異議を申し立てた根拠の一つは、1994年10月11日の円卓会議における「今後あらゆる意味で強制的手段を取らない」という、国と空港公団(現空港会社)の社会的公約。最高裁判決を盾に、空港会社はこの公約を破棄して農地取り上げを強行することは権利の濫用にあたる。大変重要な論点を、 弁護団は、以下の柱で陳述した。
1)権利濫用の学説・判例と「強制的手段の放棄」公約の歴史的事実
2)権利濫用を基礎づける、口頭弁論終結後の新たな事実

 学説では、「権利濫用とは見かけは権利の行使のようだが、社会性に反して是認できない行為」であり、それゆえ法律効果が生じないものとされている。具体的には、第三者への加害目的、不当な利益を得ようとする意図、不誠実な手段・経緯など。口頭弁論終結後(本件では2015年3月4日東京高裁の弁論終結後)の事実を基本とするが、弁論終結前の事実を含めて認められた判例が多く残されており、法廷ではこれを詳しく陳述した。
 さらに、「強制的手段の放棄」について、これが過去の謝罪にとどまらず、その後の空港建設を縛るものあることを、具体的に明らかにした。
 成田空港建設をめぐっては、①土地収用法等による暴力的権利行使が客観的・社会的に認められ、②成田空港シンポジウムで越智伊平運輸大臣(当時)が謝罪し、山本長公団総裁(当時)が収用裁決申請を取り下げ、③円卓会議で「あらゆる意味で強制的手段が取られてならず、あくまで話し合いによる解決」を隅谷調査団最終所見(1994年10月11日)とし、④中村徹公団総裁(当時)が所見を受けてその遵守を確約し、この方針のもとで、⑤黒野匡彦公団総裁(当時)が謝罪した。さらに運輸省松尾道彦事務次官(当時)は、「今後、円卓会議の結論を最大限尊重し実現に努める」と言明している。
 こうした経過と方針の下で、戸井健司公団用地部長が、「あくまでも話し合いで解決」との姿勢を裁判で証言した。
 ところが空港会社は、市東さんの農地について、これらをかなぐり捨てて暴力的執行を強行しようとしている。これは民主的手法の遵守に反して不誠実であり、権利濫用である。これにより、市東さんの農地と有機農業は回復し難い打撃を被り、農民としての死を強制されるものであることを、明らかにした。

 続いて、権利濫用を基礎づける、口頭弁論終結後の新たな事実を2点主張した。
●第1点 東峰地区・小泉英政氏の和解の事実
 2015年5月21日、東峰地区の小泉英政氏夫妻と空港会社で和解が成立した。これは1971年9月の第2次強制代執行の暴力行使について、国と千葉県が公式に謝罪し、43年をへて和解が成立したもの。「代執行はよねさんの生活を根こそぎ変えてしまうものであり…、農家の方々に“みせしめではなかったか”という感情を強く抱かせることとなり…、深く反省する」などと、和解調書添付の見解で空港会社は記述し、夏目誠空港会社社長が謝罪の言葉を述べている。
 この和解の事実が重要なのは、成田空港シンポジウム・円卓会議の公的確認が、口頭弁論終結後のこの時点で現実化したことである。
 「強制的手段の放棄」を公約し、大木よねさんの代執行に対しては43年にわたる係争ののちにこれを現実化させたこととの対極で、市東さんに対しては強制執行(公用収用)を行うことは信義に反し、権利濫用という他ない。
 これらの陳述の上に、弁護団は基本事件(農地法裁判)の一審多見谷寿郎判決を批判。なんら審理をしないで、「“あらゆる意味で強制的手段をとらない”とは、話し合いが頓挫した時まで、強制手段を放棄する趣旨ではなかった」書き込んだことは、弁論主義に反し、空港会社を援護するものと断じた。

 第2点 GSE/ULD(航空用特殊車両・コンテナ)置き場の虚構
 執行対象の土地は空港建設にとってなぜ不可欠なのか、基本事件(農地法裁判)では、空港会社の主張を鵜呑みにして、証拠に基づくことなく漫然と転用を認めた。
 だが、そもそも執行対象の一部を「GSE/ULD置き場」とする計画は、千葉県の問い合わせに答えるために急遽捏造した架空の計画だった。事実、エプロンやターミナルから遠く離れており、一体的な施設配置を求める空港計画の指針からして不合理。
 しかもその後(2012年頃から)LCC専用ターミナルの整備を進め、天神峰の西側の取香地区に巨大GSE/ULD置き場を計画・建設し、一部を供用し現在も拡張工事が進められている。
 南台41の農地の一部をGSE/ULD置き場とする転用目的は、架空の計画であったばかりか、その後の取香地区の激変は、その架空の計画すらも不要となったことを、事実をもって証明している。
 熱を込めた陳述の後、弁護団は今後さらに、滑走路の北延伸=3500m計画、第3滑走路増設計画、本件土地に関わる「へ」の字誘導路についてなど、農地取り上げの不合理を裏付ける主張を行う旨を通知。憲法学的視点からの意見書を10月中にも提出し、さらに論点を深めることを明らかにした。
 力のこもった弁論と主張・立証予定に対して、高瀬裁判長は、次回までに証人予定を提出するよう促した。
 次回裁判期日は、裁判所を含めて三者の調整がつかず、追って決めることとなった。

 裁判報告会で市東さんは、北原鉱治空港反対同盟事務局長の訃報に接して、「一貫した姿勢を見習い闘う」との決意を述べた。裁判の前には、千葉市中央公園からデモ行進し、千葉銀座を行き交う人々に訴えた。

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8・10請求異議第3回裁判を傍聴してください

 請求異議裁判は一回一回が勝負です。第3回裁判が下記のとおり開かれますので、多くのみなさん、傍聴をお願いします。
・8月10日(木)午前10時30分 開廷
・千葉地裁601号法廷
  ※抽選がありますので傍聴を希望される方は、10時までに地裁1階ロビーにお集りください
  ※農地取り上げ反対のデモが予定されています。9時、千葉市中央公園集合

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農地裁判へのカンパをお願いします

 強制執行をやめさせ最高裁決定を実質的にひっくり返す請求異議裁判は本格的な論戦に入りました。耕作権裁判は畑の場所をめぐり空港会社を追いつめています。
 発足から11年、当会は農地裁判の必要経費を担い切ろうと頑張っていますが、今期中間決算では予測を超える支出となりました。これは法廷攻防の激しさを物語るものです。
 安倍政権は倒壊間近の状態ですが、通常国会における農業関連法やアメリカ離脱後のTPP推進、日欧EPA大枠合意など、農業環境は悪化の一途です。市東さんの農地を守る闘いは、日本の憲法と農地法、農民の権利を守る闘いです。力強いご支援を、心からお願いします。

「市東さんの農地取り上げに反対する会」事務局
郵便振替口座:00120-9-261685
口座名義:「市東さんの農地取り上げに反対する会」

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8・10請求異議裁判へ  ──会報最新号を発送

K40  請求異議裁判の第3回口頭弁論が、8月10日(木)に開かれます。7月末発行の会報40号は、この裁判に向かう市東さんの思いとこの裁判のポイントを掲載。26日に発送作業を行いました。ぜひご覧ください。

 会報は年4回、会員・協力者のみなさんにお送りしてます。2006年に農地取り上げ問題が発生し、市東さんの闘いを支援しようと会が発足しました。それから11年、私たちは現地調査や勉強会、シンポジウムを重ね、裁判傍聴に取り組んできました。あらためて、さらに多くのみなさんの入会をお願いし呼びかけます。
 8・10請求異議第3回裁判傍聴へ、多くのみなさんご参加ください。

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スミ塗り文書(乙85)について  (3)いまなぜ、スミ塗りの開示が必要なのか?!

Incamera  今回、このスミ塗り文書があらためて問題になったのは、空港会社の御都合主義的な釈明による。

「乙85は、昭和45年頃の耕作状況から推測したもの」(原告空港会社準備書面)だというのである。だから、これは不正確であり、その後につくられた「境界確認書」「同意書」(偽造文書のこと!)の添付図面が、市東さんの賃貸借地だと主張する。
 だがちょっと待て! 「推測した」というが、何をもとに、どのように推測したというのか? 肝心要のそこがスミ塗りされていては、市東さんも弁護団も調べようがない。
 土地収用委員会にまで提出したほどの「確かな証拠」を「推測した」にすぎないものへと評価変えするのなら、すべてを開示して根拠を示さなければならない。そうでなければ、裁判所としても判断のしようがないはずである。

 空港会社に肩入れして核心部を闇に葬るか、それともスミ塗りを解いて公正公平に判断するか、裁判所の真価が問われている。

▼右は「藤﨑政吉所有地(事件番号91)の取扱いについて(案)」と題する空港公団の調査報告書の一部。まるで“海苔弁”状態。3人の耕作者と耕作場所を明記した図面は、この文書に添付されていた

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スミ塗り文書(乙85)について  (2)合わせ図

_85_  「藤﨑政吉所有地(事件番号91)の取扱いについて(案)」(1987年10月20日付)に添付の図面に、偽造文書に添付の図面(1988年4月)を合わせてみた。

 「市東東市」を囲む白線が、空港公団報告書に明記された市東さんの耕作地。偽造文書(「境界確認書」「同意書」)に添付の図では、「41-8」と「41−9」とふたつの畑に切り分けて市東さんの耕作地とされている(黒の実線)。
 「41−9」を、市東さんは耕作したことがない。ここは石橋政次氏の借地だった。
 

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スミ塗り文書(乙85)について  (1)南台41番地の権利関係を空港公団が明示した一件書類

Incamera_mono_sss  耕作権裁判で開示を追求している“スミ塗り文書”とは、「藤﨑政吉所有地(事件番号91)の取扱いについて(案)」と題する、1987年(S62)10月20日付の空港公団(現空港会社)調査報告書のこと。

 空港公団は1970年(S45)11月、藤﨑政吉氏所有の南台41番地の土地について、土地収用のための裁決申請を行った(「91」はこの時の事件番号)。しかしこの時点で、空港公団は土地の耕作状況(権利関係)を把握できなかったが、その後の買収交渉に伴い、石橋政次、根本和之助、市東東市の三人が小作耕作していたことが判明した。藤﨑氏は1984年(S59)5月、土地を7筆に分割し、3人の耕作場所を測量して図面にした。
 空港公団はこの調査結果をもとに、1986年(S61)6月、土地収用委員会に対して、小作権者の存在と耕作面積・場所を明記して変更手続きを行っている。報告書は、小作権を収用するための詳細な調査報告だった。
 この報告書の添付資料には、誰がどこを耕していたかを記した図面が添付されている(右図参照)。その図面のほぼ中央に「市東東市」の文字が見える。太い線で囲まれた畑の形状と位置は、市東孝雄さんが一貫して主張し、現在も耕作を続ける場所と一致している。

 南台41番地における市東さんの耕作場所を示す証拠は他にもあるが、空港公団が詳細な調査の上に一件書類としてまとめあげ、その結果をもとに土地収用委員会に対して権利関係を確定させた報告書ほど、確かなものはないはずだ。ところが公団は、それから半年弱のうちに、これとは異なる場所・形状を記した偽造文書(「境界確認書」「同意書」)を作成し、市東さんには内緒で土地の売買を行った(1988年4月12日)。
  だから空港会社は、自分たちに都合の悪いこの報告書の提出をかたくなに拒否し、文書提出をめぐる約2年間の攻防の末に、白石史子裁判長のインカメラ(裁判所の判断による一部不開示)の制約はあったものの、証拠として法廷に引き出されたのだった。

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スミ塗り開示を求め厳しく追及!  6・26耕作権裁判

_s  6月26日、千葉地裁民事第2部(内田裁判長)で耕作権裁判が行われた。賃借地の証拠を必死に隠す空港会社と、その防波堤となる内田裁判長に対して、市東さんと弁護団、傍聴人が激しく迫る緊迫の法廷となった。

 冒頭、書面と証拠の確認直後、一瀬弁護士が、「乙85号証に関連して、スミ塗りの開示を求めたが、回答や如何。法廷で明らかにされたい」と口火を切った。「乙85」とは、市東さんの賃借地(南台農地)に関する空港公団(現空港会社)作成の書類。4年前に弁護団が激しい追及で提出させたもの。しかし大半が当時の白石裁判長によるインカメラでスミ塗りにされたが、市東さんの賃借地が図示されており、それが現在の耕作場所と一致することから市東さんにとっては決定的な証拠のひとつ。(この書類の内容と性格の詳細については次回解説)
 賃借場所をめぐるこの間の攻防で追いつめられた空港会社は、会社にとってまったく不利なこの書類(乙85)について、「昭和45年頃の耕作状況から、推測したもの」だと釈明していた。
 しかし詳しく検討すればするほど、肝心なところがスミ塗りで隠されている。「当時の耕作状況から推測したにすぎず、耕作場所は甲8、甲9号証(偽造証拠のことだ!)で確定した」との立場の空港会社に対して、「ならば何を根拠に推測したのか」「スミ塗り部分を開示しなければ、分からない」と激しく迫る市東さんと弁護団。

 一時間余の追及で浮き彫りになったことは、空港会社の盾となる内田裁判長の訴訟指揮だ。「すでに結論が出たこと。会社側が開示しないというのであれば、やりとりすることではない」という態度。
 だがこれは筋違いだ。今、新たに、空港会社が「推測に過ぎない」と評価変えしているのだ。過去の事ではなく、今の釈明に対する究明である。「内田裁判長自身が、インカメラで確認すべき」と追及すると、「その立場にない」などと意味不明なことばで打ち切ろうとした。
 弁護団は、改めて書面で追及する旨伝え、引き続き徹底的に追及する構え。
 その後、筆跡鑑定についての確認のほか、証拠関係の整理(賃料支払いの明細、双方による畑図面の座標軸の一致など)を裁判長は求めてきた。ここにも早期結審に向かう内田裁判長の姿勢が窺われる。

 裁判報告会で市東孝雄さんは、「あれが内田裁判長の本来の姿と受け止めました。弁護団と傍聴席とがんばって、少しは届いたかなと思う。空港会社を追いつめ、全部出させるよう、頑張ります」と述べた。裁判の前には、千葉市中央公園からデモ行進が行われた。
 次回期日は9月25日(月)、次々回は11月20日(月)、いずれも午前10時30分開廷。デモも予定されています。

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▼(写真上)裁判報告会で発言する市東孝雄さん
  (下左)スミ塗りの会社書類を掲げ説明する葉山弁護士
  (下右)裁判報告会の様子

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