« TPP 酪農農家“全滅”  衝撃的な自治体試算 4/12東京新聞1面から | トップページ | coffee break  「日本の農のアジヤ的様式について」  真壁 仁 »

最終弁論ONE POINT ③  「農地法は農地改革の継続法であり、耕作者保護法」 ~第1部第2章 その1~

19470624nouchikaikaku 「農地法は『農地改革の継承法』であり、小作権を保護し農業生産の向上を目的とする特別法である。したがって、農地法20条2項2号を使って小作人の営農を破壊するような本件解約許可処分は憲法25 条、29 条で保障された生存権的財産を奪って被告市東の生存権を全面的に侵害するもので許されない」
 ──第1部第2章「農地法20条の適用は違憲」 43頁

 農地法を使って誠実に働く農家から農地を取り上げる、──これは農民Ghqnoumin_2感覚からするとおよそあり得ないこと。成田市農業委員会が、「本来は合意解約が望ましい」などと、控えめながらも異例の付帯意見をつけて千葉県に進達したのも、そうしたことのようである(詳細は第10章)。

 では農地法とは何か、20条2項2号とはいかなるものか、最終弁論第2章はこのことを徹底的に究明している。ここでのポイントは2つのように思われる。

 ポイント1
 農地法は農地改革の成果を法的に保障するための法律であり、その目的は自作農創設と耕作者の保護にあった。
 農地法は、この農地改革に課せられた目的と成果を基準として解釈されるべきであって、これを踏まえず恣意的な解釈によって、事実上の公用地収用を行うことは違憲・違法である。
 ポイント2
 空港会社が農地取り上げの根拠とする農地法20条(農地の賃貸借の解約等の制限)は、19条(賃貸借の更新)とともに、小作人保護の中心的条文。転用の主体は農耕者個人である。土地収用の対象とされるような農地を想定しておらず、解釈運用において根本的に間違っており違憲・違法である。

 少し難しい内容ですが、ここは第1章とならぶ農地裁判の心臓部。最終弁論はこの章に多くの紙数を費やしている。
 少し長くなるのでこの後は  》》続きを読むへ・・・・・・・・

▼写真 「毎日新聞 昭和のニュース」から
 農地解放の掲示を見る農民(1947年6月埼玉)
 農村を訪れたGHQ職員と話す農民たち(1948年6月千葉)

Jikosaku_suii コンパクトにまとめると次のようだ。

●農地法は耕作者保護法
   1952年に制定された農地法第1条は、「この法律は、農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認めて、耕作者の農地の取得を促進し、その権利を保護し、もって耕作者の地位の安定と農業生産力の増進を図ることを目的とする」と規定した。
 戦前の日本の農家は寄生地主制によってKizakimura_kosakusougi_2 苦難の歴史をしいられた。
 小作と自小作は総農家の約7割。窮乏化が進むなか、小作料減免などの要求をかかげた小作争議は、各地でひんぱつし、小作法の制定が試みられたが果たせず、農地調整法などの部分的な改良にとどまった。

 敗戦とともに始まる農地改革は、自作農創設特別措置法と改正農地調整法という2つの法律によって達成された(第2次農地改革)。
 このうち改正農地調整法は、小作農保護に重心を置く法律として、小作人の対抗力や定額金納などを定め、農地法はこれを全面的に引きついだ。

 こうして農地法は、第1条に上記の目的をかかげた上で、農地の移動制限(3条~5条)、小作地等の所有制限(6条~17条)、小作権保護(18条~25条)を始めすべてにおいて、耕作者の保護を柱にしている。
 小作人の権利は法的に著しく強化され、自作地に限りなく近いものとされた。この農地法を使って、誠実に農業を営む農家(しかも大正期から3代100年近く!)から農地を取り上げることは、あってはならないことである。
 
●20条2項2号は小作人保護の中心規定
 その農地法の中でも、20条は賃貸借の解約を地主に対して制限する条項であり、小作人保護の根幹をなす。
 平たく言えば「地主の思うがままに解約することは許さない」というものである。
 「都道府県知事の許可を受けなければ解約をしてはならないぞ」と規定している。
 では、なぜこの保護条項を使って市東さんの意に反して解約できるのか? と思うだろう。
 空港会社はこの条文の第2項にとびついた。第2項では、「許可は次に掲げる場合でなければしてはならない」として知事の許可に縛りをかけ、その2号で「農地を農地以外のものにすることを相当とする場合」という条件をつけている。
 わが意を得たりとばかりに空港会社は、市東さんの農地を「空港転用相当」だから解約許可すべきと主張した。だが、ここにはトリックがある。
 農地法20条は、空港会社・国・自治体の公共事業や公用地収用に関わる案件を想定していない!
 20条が想定する転用の主体は農耕者個人であり、個人としての地主が貸した農地を居宅・店舗などに転用するような場合を想定しているにすぎない。このことは千葉県が引用する判例からも明らかである。
 空港公団を解約申請の当事者とし、空港のために小作地の解約を求めることは農地法の想定外である。

 最終弁論は、その理由を次のように書いている。
 20条が公共事業への転用目的を想定していない理由は、農地法の仕組み自体にある。

 農地法は、農地を農地として所有できるのは、農業を営む耕作者に限っている。空港公団は、事業への転用が認められて初めて農地を土地として取得できる。(農地法第5条:転用目的での権利移動)。この第5条で空港公団は藤﨑政吉氏から農地を買収した。
 だがその農地は、市東さんが小作耕作する農地である。5条と20条、分かちがたいふたつのハードルが空港公団にはあったのだ。

 このような場合について、農水省は指針を定めている。「(5条申請であっても小作権の解約が必要な場合には)20条の許可とあわせて処理するものとする」(農地転用関係事務処理要項の制定について:昭和46年4月26日 局長通達)
 つまり、農地法5条の転用目的の権利移動については、小作人の同意を申請の条件とし(5条2項3号)、かつ、農地法20条許可と一体的に処理しろ、と言っている。
 この仕組みからして、20条解約の申請者は旧来の地主個人をおいてほかにない。たしかに、そうでなければ法としての一貫性が保たれず、小作人の権利は守られない。

 市東さんの農地の場合には、旧地主・藤﨑政吉氏と公団の1988年売買段階で、同時に20条の解約許可申請を地主である藤﨑氏個人が行い、転用のための権利移動と一体的に解決すべきだった。ただし、市東さんの同意なしにはこれもできないことだが……。
 そうしなかったのは、1989年12月の事業認定の期限切れを前に、駆け込み的に土地収用法を適用しようとしていたからにほかならない。

 農地法の制定主旨と仕組みは子細にみれば、およそ20条2項2号で取り上げるなど論外である。
 農地法の成立過程と20条適用の問題性は、石原鑑定意見書で、専門家の知見に基づき詳細に論述されている。

 以上、エッセンスだけの説明で、この中には「市東さんの同意なき買収」を始めさらに多くの違法がある。それらについては次回第3章から、ワンポイントで紹介します。
to be continued ────
 ▼表:自小作別農家の変化
   写真:木崎村の小作争議 1926年(大正15年)

|

« TPP 酪農農家“全滅”  衝撃的な自治体試算 4/12東京新聞1面から | トップページ | coffee break  「日本の農のアジヤ的様式について」  真壁 仁 »