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最終弁論ONE POINT⑬ 畑の場所が間違っている! 「南台41-9」問題  ~第4部 第11章~

Minamidai_1_2  第4部第11章は、いわゆる「南台41-9」問題です。
 市東さんの農地裁判は、空港会社による「土地明け渡し請求」訴訟ですが、その大前提である土地の位置を、空港会社は間違っているのです。
 農業委員会への申請段階から市東さんが一貫して問題とし、今も別件インカメラ提出文書で誤認を示す新証拠が明らかになった大問題が、この章のテーマです。

 右の図は、市東さんが耕作する南台の畑の航空写真です。
 空港会社が明け渡しを請求してきたのは、黄色の線で囲った2か所(BとE1)の土地です。
 しかし、市東家はその内のE1(南台41-9)を一度も耕したことがありません。市東家が地主の藤﨑正吉氏と賃貸借契約を結び耕作してきたのは、BとAの土地です。

「被告市東が耕作する南台の土地を不可分一体の土地と捉えて解約許可を申し立て、被告千葉県も同じくこれらの土地を不可分一体の土地と捉えて解約許可を与えている。
 一部とはいえ解約許可がない以上、全体が不可分一体であるから、本件解約許可は全体として無効」
 ──第11章「偽造文書を使用した土地特定の誤り」から 140頁

 「南台41-9」問題は、まさに裁判全体を覆す梃子の支点です。
 空港会社はこの畑の位置を特定するために、なんと偽造文書を作っていたことも、裁判で明らかにされました。
 別件の耕作権裁判(千葉地裁第2部・白石史子裁判長)のもとで、闘われている文書提出命令を求める闘いは、まさにこの部分です。
 ▼右上は南台41番地の耕作関係図

Motonaga_memo_2 ─────────────────
 最終弁論は2つの方向から、この問題を論述しています。
1.各種の証拠による位置誤認の立証
 ・元永メモ
 市東東市さん(孝雄さんの父)が、1988年当時、南台の畑の権利関係について語ったことを反対同盟の法対部にいた元永修二氏がまとめた書面。市東家が賃借する畑が、上記図のAとBであることを疑問の余地なく明らかにしている。

 ・関根トメ証言と市東孝雄さんの証言
 関根トメさんは、市東さんとともに41番地の一角を耕していた石橋政次氏の妹。上記図のE1(41-9)は、市東さんではなく、兄の政次が使っていたと証言している。
 また、市東孝雄さんは、子どものころの記憶からE1(41-9)が市東家の小作地ではなかったと証言している。


 Ishibashi_yashiki_2 ・航空写真
 また、きわめて客観的な証拠として、国土地理院が撮影した複数の航空写真がある。それによると南台41番地の土地は、石橋家の宅地ならびに畑(42番地)に隣接しており、E1(41-9)には、石橋家の屋敷林(竹林含む)がせり出しているばかりか、石橋 家が植えた低木が見える。これは関根トメ証言とも符合する。

 ・千葉県収用委に空港会社が提出した書面
 1987年4月24日、空港会社は千葉県収用委員会に対して、「裁決申請書及び明渡裁決申立書の記載事項の変更について」なる書面を提出した。これは南台41番地の土地収用に向けて小作人(市東、石橋、根本の3氏)の権利関係を明確にするためのもの。
 ここに書かれている小作地は、市東さんの主張のとおり。AとBが市東さん、E1は石橋氏の借地になっている。

2.空港会社が証拠とする「同意書」「境界確認書」と添付図面の偽造

 1988年、翌年の事業認定に期限切れ(収用権限の失効)を控えて、空港公団(当時)は市東さんの賃借地の土地収用へと動き出した。
 空港公団が藤﨑氏から農地の所有権を取得する場合にも、県収用委員会が市東さんの小作地を収用するためにも、市東さんの賃借地の特定が必須。
 しかし、市東さんがこれに応じることが見込めないことから、空港公団職員の上西、法理らは、「藤﨑政吉作成」とする地籍測量図を偽造した上、「同意書」「境界確認書」の「市東東市」の署名を偽造した。
 「藤﨑政吉」の署名が本人のものでないことは、法廷の追及で空港会社が認め、「市東東市」の署名の偽造は筆跡鑑定で明らかにされている。
 ▼図は「元永メモ」と航空写真に基づく石橋家の屋敷図

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