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「私の畑のあの土でないと、私の野菜はできません」──第3回請求異議控訴審 裁判報告(4)市東孝雄さん本人尋問

 いよいよ市東孝雄さんの証言。浅野弁護士が尋問した。
 最初に、ゴールデンウイークでも発着98%減の状況を訪ねと、
「ほんとに静かでした。これが本来の姿だと感じました。鳥のさえずりや風の音、排ガスはなく、じつに気持ち良かったです」。
 7月22日に供用を再開しての状況については、
「格安航空のピーチとジェットスターが飛んでいるけど、前ほどのうるささでない。A滑走路で間に合うのじゃないかと思う。それでも使うのは嫌がらせじゃないかと思います」。
 空港会社の田村社長が6月29日の会見で「コロナは長く続くと覚悟している。しかし機能強化は着実に進めていく」と話したことについては、
「地元のことをまったく考えてない。今の状態でやれているのだから、第三滑走路もいらなし、機能強化は論外だと思う」。
 7月27日、騒音下住民が参議院議員会館で国交省と空港会社に対して、機能強化の撤回を求めたが、国は「需要減は中長期的には解消する」としてゆずらなかた。これについてどう思うか聞かれて、
「いくら住民がやめるように陳情しても結果ありき、『国策』だからやるという。この態度は54年前から変わっていない」と証言した。

●南台・天神峰の耕作地と産直出荷
 南台の農地の一部を「不法耕作」だと決めつけて明け渡しを求めている空港会社に対しては、「その場所(41−9番地)は一度も耕したことがない」と言って、写真撮影報告書をもとにして畑の様子と現在の被害を説明した。
 自宅と南台農地の間は、成田市が管理する約500メートルの直線道だった。一日120台の車が通行していたが、B’滑走路の誘導路建設で一方的に廃道にされた。このため、大きく迂回して交通量の激しい道を使って畑に行くことを強いられている。抗議した市東さんが不当逮捕されたことも証言した。
 さらに、取り上げ対象の天神峰農地を説明。ここには畑とともに作業場や倉庫、作付け会議などを行う別棟がある。育苗のためのビニールハウスがあり、写真には育苗ポットで発芽したブロッコリーとキャベツが写り、定植の時期を待つ様子が示された。
 「これらの設備は必須ですか」との問いに対して、「これらが無くては農業はできません」。
「家の至近にこれらの設備があるのはなぜか?」という問いには、「これらは畑と一体で、育苗の水やりや生育を見るためにも家の側にないとだめ」だと答えた。
 さらに尋問は、「三里塚産直の会」について。市東さんと萩原富夫さの2軒が生産者となって消費者と提携し信頼関係を築いている様子が伝わってきた。
「採れたばかりの旬の野菜を消費者のみなさんに食べてもらう。一年を通じて、50〜60品目を作る。それが歓び」だと答え、手間のかかる多品目生産も年間を通して消費者家族の野菜を賄うという産直の基本的な考え方に基づくものであることを明らかにした。
 消費者に届ける野菜ケースには「野菜だより」を入れ、そこには保存方法から調理のレシピが書かれており、きめ細かい提携関係が作られていることが明らかになった。

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【上】天神峰農地の略図と畑の苦瓜 【下】南台の畑の全景

●強制執行は生業を奪い廃業を迫る
 では、農地取り上げの強制執行がなされたら、畑と設備はどうなるのか?
「南台では周りの畑も使えなくなる」「設備が無ければ農業はまったくできない」
 畑と営農設備について詳しく聞いたあとのこの言葉は、強制執行がもたらす暴力性をリアルに感じさせるものだった。
「父・東市の復員の遅れで小作地として残ってしまった。小作地だとしても農民として生きる権利はある」
「成田では空港はなんでも『フリーパス』だと、以前、農業委員会の事務局長が証言した。農地法は農民を守るための法律のはずだが、説明の機会も与えられなかった。『話し合い解決が望ましい』という付帯条項はつけたが…。」
 空港一辺倒の成田市政を批判し、強制執行が市東さんから生業を奪い廃業を迫るものであることが明らかにされた。
 そして、「農地を守れ、人に売るな、空港公団に売ってはならない」という、父・東市さんの遺言を紹介し、その信念の強さを受けついだことが伝わってきた。

●市東さんにとっての「価値」とは
 1999年12月、市東さんは帰郷して農業を引き継いだが、軌道に乗るまで3年かかった。試行錯誤と創意工夫で有機野菜を安定的に出荷できるようになった。
「農薬と化学肥料を使えば野菜の形はいいが体に良くない。有機農業は手間はかかるが、安全で美味しい野菜を作る」
「その有機の土壌は簡単にできるものではない。親子三代にわたって作ってきた。土と野菜には相性がある。天神峰のあの畑の土でないと、私の野菜はできません」

 その農地が取られたら、どうしますか?という問いに、
「あきらめはしないが、やっていけない。産直の会も成り立たない」と話し、強制執行が市東さんの家の歴史、消費者との協同のもとで地道に築いてきたすべてを奪い取ることだということが証言によって明らかにされた。

 「市東さんが日々心がけていることは何か」との問いかけに、
「嘘をつかない。農薬、化学肥料を一切使わず、新鮮な野菜を届けること。『美味しかったよ』という消費者の声を聞いてやる気が起きる」
 そして空港公団が旧地主と示し合わせて農地を秘密売買し、その後、地代をだまし取ってきたについては、「その時点でアウトでしょう。地代を払いに行っても、普通に受け取っていた」と悔しさをにじませ証言した。
 最後に、
「たとえ小作だとしても耕す権利がある。『国策』だといってそれを奪うことに怒りを感じます。身体が続く限り、『美味しかったよ』という消費者の声を聞くために頑張ります」と力強く証言した。

 長谷川弁護人が補足して尋問した。
「市東さんにとっての、最大の価値とは何でしょうか?」
「野菜をつくる歓び、それから消費者の声です」
「1億8,000万の離作補償(注)については?」
「お金は必要なものだが、自分は身体を動かして暮らしていければそれで十分。自分の歓びの中で仕事ができることが一番です」と結んだ。

(注)「離作補償」とは農業をやめることが前提の、いわば痛み(損害)を緩和するための補償金。公共用地のための土地収用の場合、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」に基づき、再建のための〝完全補償〟が定められている。1億8,000万円は高額のようにみえるが、市東さんが近傍で再建し、これまでと同じように農業を続けることはできず廃業するしかない。まして有機の土壌の再建は不可能。

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