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「黒を白と言いくるめる論法。事実と違う」──「強制的手段の放棄」を改ざんする空港会社の主張と一審高瀬判決を全面否定  第3回請求異議控訴審 裁判報告(3)平野靖識証人

 政府・空港公団(現空港会社)は、成田空港シンポジウムと円卓会議(1991年11月21日〜1994年10月11日)で、「強制的手段の放棄」を受け入れ、公式に表明した。
 この厳然たる事実を踏まえるなら、市東さんの農地に対して強制執行は許されない。窮地に立つ成田空港会社は、ここでいう「強制的手段」とは、「土地収用法や公共用地特別措置法に基づく用地の収用・取得のことであって、本件のような民事強制執行はこれにあたらない」という逃げ口上を展開した。
 果たしてそうか? シンポ・円卓会議のすべてに参加し関与した当事者に、真実を尋ねるのが平野証人への尋問。一審高瀬判決と多見谷判決(この裁判の基本事件の一審判決)における事実認定の誤りを糺すためにも重要証言である。

 まず平野さんが三里塚に常駐することになった経過、東峰地区に物産会社を設立し、地権者として成田空港シンポジウムと円卓会議にすべてに参加し関与した経過が、葉山弁護人の尋問で明らかにされた。
 また、小泉よねさんや市東孝雄さんの父・東市さんとの関係、とりわけ東市さんには物産会社の融資の連帯保証人になってもらうなど、信頼関係を示す事実の一端も明かされた。
 尋問は徐々に本題に入った。

●シンポ・円卓会議の参加条件と隅谷調査団の提言
 「強制的手段をとらない」ことは、なによりもシンポジウム(公開討論)に反対同盟(熱田派)が参加するための前提条件だった。国と空港公団(現空港会社)が、これを表明しないかぎり、そもそもシンポジウムは開かれなかったのだ。村岡運輸大臣(当時)が、「いかなる状況下においても強制的手段をとらない」ことを文書で確約したことが証言された。
 シンポジウムでは、①空港建設を強制的手段で強行したことが果たして許されるのか、②事業認定処分はすでに失効しており行政代執行はもはや許されないのではないか、との2点が大きな争点だったという。
 シンポジウムは15回開かれ、その最終回で以下3点にわたって隅谷調査団が提言した。
 ①力による対決に終止符を打つため、国側は収用裁決申請を取り下げる
 ②二期工事B・C滑走路建設計画を白紙にもどす
 ③空港問題解決にあたっての新しい場を設ける

 この最終回では、越智運輸大臣と山本長空港公団総裁(いずれも当時)が、これを受け入れ謝罪した。とりわけ山本総裁は、多くの負傷者や死者を出したことについて謝罪するとともに「このようなことは二度と起こしてはならない」と公的に誓約した。これらのことが一つ一つ明らかになった。
 空港公団は1993年6月16日に二期工事区域のすべての未買収地についての、収用裁決申請と明渡裁決申請を取り下げた。

●「私法上の権利の行使や民事訴訟法は除外」という空港会社の嘘
 尋問はその後、第一次代執行、第二次代執行をはじめとする機動隊による凄惨な暴力を明らかにする。1971年7月仮処分の農民放送塔や地下壕に対する強制執行、1977年岩山鉄塔への仮処分命令による強制執行(鉄塔破壊)、そして10メートルの至近距離からのガス弾直撃で死亡した東山薫事件。
 シンポジウムでは、未公開フィルムを含む映像に、隅谷調査団をはじめ会場全体が大きな衝撃を受けたという。
 平野証人の証言は、そうした暴力だけでなく、小泉よねさんが夫と開墾し英政さん美代さん夫妻が引き継ぎ耕作してきた古込の畑の強制執行についても、厳しく論じられ非難されたことが明らかにされた。
 そして、空港公団が行なったこれらの仮処分と強制執行は、本件市東さんの農地問題と同様の、「民事上の権利の行使」としての強制執行である。
 葉山弁護人は空港会社の準備書面を指示して次のように尋問した。
 空港会社は、シンポ・円卓会議では「空港公団の私法上の権利の行使や民事訴訟によるその実現については全く言及されたことがなかった」と主張するが、これは事実ですかと尋ねた。
 平野証人は、「それは事実に反する」と即座に否定した。

●円卓会議における隅谷調査団の最終所見
 そうした、空港会社の狡猾なロジックの一つ一つを剥ぎ取った上で、尋問はいよいよ核心に迫る。

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●円卓会議における隅谷調査団の最終所見
 そうした、空港会社の狡猾なロジックの一つ一つを剥ぎ取った上で、尋問はいよいよ核心に迫る。
 円卓会議の終結にあたって、隅谷調査団は次のような最終所見を発表した。
「用地取得のために、あらゆる意味で強制的手段が用いられてはならず、あくまでも話合いにより解決されなければならない」
「この話合い解決という基本姿勢は、……計画予定地および騒音下住民との合意を形成しながら進めることが肝要である」
(1994年10月11日 第12回円卓会議最終回)

 葉山弁護人は、空港会社の準備書面を指示して、
「空港公団の有する私法上の権利について、民事裁判による確定や強制執行による実現を求めることがないとする趣旨を含まない」(注:民事強制執行なら可能)と主張しているがこの点について、シンポジウム、円卓会議に参加した者としてどうですか」と尋ねた。
 平野証人は、
「これは円卓会議での隅谷調査団最終所見の受け入れの発言と全く異なります。空港公団は、小泉よねさんの古込の畑や7月仮処分の農民放送塔の撤去や岩山大小鉄塔の引き倒し撤去など民事仮処分による強制執行について、徹底的に批判された上で最終所見を受け入れたのですから、全く事実に反する主張です」と証言した。
 続けて、
(問)最終所見受け入れの場で「あらゆる意味で強制的手段が用いられてはならず」
の中に民事上の権利を実現するための強制執行については、含まないという発言がありましたか。
(証言) いいえ、そういう発言があったらシンポジウムも円卓会議も完全にぶちこわしになって大混乱になったと思います。
(問)その後空港公団、空港会社の総裁や社長が平行滑走路用地取得のために民事
上の強制執行をすることは最終所見受け入れには反しないと言ったことがありますか。
(証言)いいえ、そのようなことは今までに誰も言ってません。
(問)円卓会議で公団総裁が隅谷調査団最終所見を受け入れたことで平行滑走路用地については、強制執行はしないという合意が成立したのですか。
(証言)あらゆる意味での強制執行はしないという合意です。
(問)空港公団は、平行滑走路用地取得のためには強制執行権を行使しないと公約したのですか。
(証言)はい。

●一審高瀬判決とその原型=多見谷判決のデタラメ
 そして、この裁判の一審千葉地裁の高瀬判決を示した。そこには次のように書かれている。
「今後の空港用地の取得に際してはそれら以外の方法によることを表明したものにすぎず、話合いによる解決のために合理的な努力を尽くした上でもなお、賃貸借契約の解約申入れをせず、明渡請求権を放棄することを約したとは認められない」
 そして「東峰地区の皆様へ」で反省を示し、「今後は民主的手法で取り組んでいく」としたことと整合する。だから空港会社は「強制執行権を放棄」したり「不執行で合意」したのではない、書いている。
 これについてどう思うかと聞かれた証人は、
「黒を白と言いくるめるような論法で、逆立ちしてもそういう結論にはならない」
「隅谷最終所見を全面的に受け入れたことを無視した判断は、公正な判断とは思われない」と詳細に証言した。
 さらに、「話し合いが頓挫した場合についても強制的手段を講じることがないことまで言及したものではない」と唐突に記述した千葉地裁多見谷判決(請求異議裁判の元になる裁判 2013年7月29日)について、
「話し合いが頓挫した場合には強制手段をとり得るというようなことは、一度も議論したことはない」と、きっぱり否定した。

●小泉よねさんとの類似性と差別
 続いて大口弁護人が尋問に立った。市東さんと小泉よねさんの農地問題の類似性を問いかけたのに対して、平野証人は「詐取的だと思う」と土地買収の手法を批判した。
 さらに弁護人が、「小泉英政さんには謝罪し空港敷地内の土地を農地として貸与したのに対して、市東さんには謝罪なく民事強制執行で取り上げようとしている」と言うと、平野証人は
「小泉さんと市東さんに、空港会社は違った基準で臨んでいる。差別がある」と仔細を知る証人としての客観的判断を述べた。

 平野証人の証言で、「あらゆる意味で強制的手段をとらない」の公約には「民事強制執行は含まれない」という空港会社の主張は打ち砕かれ、一審高瀬判決の認定の誤りが明らかにされた。請求異議裁判にとってきわめて重要、かつ、市東さんと傍聴人にとって胸のすく証言だった。

 次回は、いよいよ市東孝雄さんの本人尋問です。

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