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「どんなことがあろうと、私は天神峰の畑を耕し続けます」 市東さんの最終陳述(全文)

 私に対する強制執行は不当だと訴えた裁判の、控訴審が最後の法廷を迎えました。2006年に始まった裁判から数えると、14年にもなります。
 しかし、自分がなぜ訴えられているのか、今もまったくわかりません。
 祖父・市太郎の開墾から百年、うちは代々、地道に畑を耕してきました。空港がやって来るまで、地主との間に、なんの問題もなく畑をつくってきたんです。

・空港会社の裁判で生活が一変

 ところが、今から17年前に突然、空港会社が地主だと名乗り出ました。「畑を明け渡せ」と言い、早朝に機動隊を連れてきて、出荷場や農機具置き場など、建物全部に「公示書」を貼りました。
 畑を耕す親父に隠して、空港会社は畑を買い上げ、地代は藤﨑・岩澤に受け取らせていたのです。
 その後、計画にはまったく無かった誘導路をつくると言い出し、市道を封鎖しました。南台の畑に行くための直線道が使えなくなり、家と畑は空港に囲まれました。抗議した私は不当に逮捕されました。
 そして畑を取り上げる裁判が始まり、私の生活は一変しました。空港会社の要求は、「私に農業をやめろ」「農地を取り上げる」というものでした。先々への不安がつきまとい、まったく無縁だった裁判所にも通うことになったのです。

・小作農にも、耕し続ける権利がある!

 私は小作農ですが、たとえ小作農だとしても耕し続ける権利があります。違いますか?

 農地法は「農地と耕作者の地位を守る」ための法律です。
 一度は「土地収用法」にかけた農地を、それが失効したからといって「農地法」で空港のために取り上げる、──これは正しいやり方ですか?
 そもそも、親父に内緒で農地を売り買いすることは違法じゃないですか!

 一審判決は、「権利の安定性に一定の限界がある借地」だと書いていますが、農地はそんなものではないし、今、述べた経過からしても、とうてい承服できる判決ではありません。
 農家を守るはずの「農地法」を盾に、農地を取り上げる不当は、決して自分だけの問題ではないはずです。負けるわけにはいきません。

・「ウイズ・コロナ」の成田空港  計画中止と縮小へ

 いま、成田空港はガラガラです。家の前のB滑走路はコロナで閉鎖しました。7月に再開しましたが、回復にはほど遠く、家のそばの誘導路を使うLCCのうち2社が撤退しました。今はとても静かです。
 これが「ウイズ・コロナ」の空港です。政府は、私たちに「新しい生活様式」に変えろと言いますが、いちばん変わらなければいけないのは、空港と航空会社だと思う。

 そもそも、コロナの以前に、航空需要の予測がデタラメでした。デタラメな予測によって、「空港の機能強化」や「誘導路の直線化」「滑走路延伸と第三滑走路計画」がだされたことも、はっきりしました。拡張計画に、なんの説得力もありません。
 これでも、裁判所は、「農地取り上げの強制執行」をさせる気ですか!

・私は天神峰で畑を耕し続けます

 正しいものは正しい、嘘はつかない。私はそういう仕事をしてきたつもりです。
 親父は「空港に反対する者は正直でなければいけない」と言っていました。そうでなければ、反対運動はできないし、無農薬・有機農業もできないんです。いちばん大事なものは、人と人との信頼関係です。
 消費者は私たちを認めています。畑見学に子どもを連れて多くの家族がやってくる。「おいしいね」と言って食べてくれる。自分は安全で美味しい野菜づくりに精魂こめる。こういうつながりこそが、自分の宝です。

 私の農地が潰されたら、萩原さんと一緒に作ってきた産直も終わりです。
 私自身の生業が立たないばかりか、長い時間をかけて作ってきた消費者との関係も失ってしまいます。
 「デタラメばかりの空港に、畑を取られてたまるものか」という気持ちです。

 私は、裁判長に言いたい。

土は生きている。土を殺すな。コンクリートの下にするな。
俺の仕事と誇りを奪わないでくれ。
農業をおろそかにしてはならない。
強制執行を許可しないでほしい。

どんなことがあろうと、私は天神峰の畑を耕し続けます。

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