裁判

文書提出めぐり攻防  市東さん“シンポジウム参加”を呼びかけ    11・20耕作権裁判

_tr  11月20日、千葉地裁民事第2部(内田裁判長)で耕作権裁判が開かれた。現在の焦点は、空港会社が隠し持つ交渉記録・報告書の提出問題。弁護団が前回裁判で文書提出命令を申し立てた。
 弁護団の申立に対して、内田裁判長もさすがに「命令の要無し」とすることはできず、8件ある 個々の調査記録や報告書について、存在するかどうかの再調査(会社は存在しないと言って逃げている)や、その調査についての疎明資料を提出するよう空港会社に求めた。そのうえで白石史子裁判長(2013年文書提出問題の時の裁判長)の段階で「マスキングしている部分についても手続き」を進めるとし、スミ塗り部分について自らインカメラに応じるとした。
 この進行は弁護団の申立てについて一定応える進行であるが、文書提出を命令したわけではない。空港会社の回答期限をわずか2週間後の12月4日にしようとするなど、空港会社と裁判長のやりとりとを聴いていると、「形だけでいいから対応しろ」と言っているように聞こえ、法廷では弁護団と傍聴者が抗議の声をあげて反撃した。

 この日は冒頭、弁護団が二つの書面を陳述した。一つは、偽造文書の筆跡と印影の鑑定結果(準備書面35)。二つ目の書面(準備書面36)は2本の柱で、①民事強制執行における権利濫用は「71年小泉よねさん問題の再来であり、基本的人権そのものの収奪」というもの、②さらに市東家が小作契約を開始した時期に関して、証拠により「遅くとも1927年(昭和2年)に賃借し耕作を行なってきた」としたうえで、江戸時代からの形成史と市東家の入植状況などの諸状況から大正10年には小作耕作を開始していたと主張した。

 裁判後の報告会で、市東さんは「裁判所は、裁判を早く終らせたいという姿勢が随所に出ている。畑を取られることは農家をやめろということなので、しっかり頑張る。11月23日の文京区民センターのシンポジウムは為になる話が出ると思うので、みなさんぜひ参加してください」と訴えた。
 裁判前には千葉市中央公園から裁判所までデモ行進を行なって農地取り上げの不当を市民に訴えた。
 次回裁判は2月19日(月)、次々回は5月14日(月)。いずれも10時30分開廷。

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高瀬裁判長の強権的訴訟指揮を弾劾、尋問の期日指定を撤回させる  請求異議第4回裁判(11月6日)

 6日午前、請求異議の第4回裁判が千葉地裁民事5部で開かれた。この裁判で高瀬裁判長は、通常の手続きを踏まずにいきなり次回期日を証人尋問とする旨宣告した。認否もなされず、証人申請も未確定のこの段階で、「採用の要あると認める者から尋問を始める」などとは聞いたことがない。原告市東さんと弁護団、傍聴席は猛然と反発、弾劾して尋問の期日指定を撤回させた。拙速審理・早期結審の意図をむき出しの暴力的な訴訟指揮は許されない。

 この日の法廷で弁護団は、7月15日に東峰地区で発生した重大インシデント(※)と、権利濫用に関わる小泉よねさん和解、空港会社の離作補償問題につき主張し関連する証拠を提出した。併せて、裁判所の求めに応じて人証申立書を提出した。高瀬裁判長の強権指揮は、これらの陳述が終った直後に起きた。
 裁判長は当日出された11人の証人申請のうち、原告市東さん本人と萩原富夫さんを採用(証言時間わずか30分!)するとし、次回期日にその尋問を行なうと宣告したのである。これまでの経過からして、とても考えられない訴訟指揮に法廷は騒然となった。
 「まずは必要と認める二人について尋問する」「人証申立書は今朝もらったので他はあとで検討する」と言って押し通そうとする高瀬裁判長。
 「ここには手続きを打ち切る為の作為がある」「ペテンにかけているとしか思えない!」と、机を叩いて尋問期日の撤回を迫る弁護団。原告の主張はいまだ半ばであるし、被告空港会社には強制執行の必要性の主張と証拠提出を裁判所が促すべき段階である。この訴訟指揮はだまし討ちで手続きを打ち切るためのものと見て間違いない。
 弁護団はすでに提出済みの主張・立証計画に基づく審理の継続と、最重要の小泉英政証人、加瀬勉証人、そして石原健二、鎌倉孝夫、内藤光博の学者証人の採用を強く迫った。
 一歩も引かない闘いによって、ついに裁判長も次回の尋問期日を撤回し、弁論とすることとなったが、この訴訟指揮は明らかに異常だ。次回期日も、急ぐ裁判長との攻防の末に3月8日(木)午前10時30分となった。

 裁判報告会で市東さんは、「弁護団と法廷の迫力で押し返したが、油断すれば向こうの思うがまま。注意してしっかり取り組みたい」と訴えた。
 緊迫の請求異議裁判は、高瀬裁判長の訴訟指揮で重大な段階に入った。次回、裁判所を取り囲む大傍聴を!

※7月15日午後10時40分ごろ、貨物用ジャンボジェット機が、B滑走路南端から約85メートルはみ出して、東峰神社・民家にあわや激突寸前で離陸するという重大事態が発生した。「オーバーラン事故に準ずる重大インシデント」として国土交通省運輸安全委員会が調査中。東峰の農家の島村努さんの通報によって、闇に葬られることなく明るみに出た。

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新たに文書提出命令申立て  スミ塗り開示を求めて厳しく追及!  9・25耕作権裁判

Photo  9月25日、千葉地裁民事第2部(内田博久裁判長)で耕作権裁判がおこなわれた。この日の焦点は、前回を引きつぎ、スミ塗り文書の開示問題。開示を拒否する空港会社と会社に組みする内田裁判長に対して、弁護団は約1時間近い追及のあげく、ついに、新たに文書提出命令を申し立てた。

 この問題は、市東さんの南台耕作地の賃借場所をめぐる問題。空港会社は1988年4月の「境界確認書」「同意書」(偽造文書)を根拠に、賃借当初からの市東さんの耕作場所を一方的に変えた上で、畑を返すようもとめてきた。市東さんが当初から耕し続けてきたこの耕作場所は、土地収用委員会への提出書類にも市東さんの耕作場所として明記されている。突然の場所変更の不可解を追及する過程で、弁護団が闘い取ったのが、インカメラによる「乙85」のスミ塗り文書。この空港会社の文書にも、当初からの耕作場所がかかれた図面があった。この動かぬ証拠を根拠に追及すると、「(図面は)昭和45年の耕作状況をもとに推測したにすぎない」などと主張した。証拠価値の減殺だ!
(詳細は前回裁判ブログ報道の解説をご覧下さい→ 6/28,7/6,7/14,7/15付)

 追及にあたって一瀬弁護士は「乙85のスミ塗り開示については、従前と立証趣旨が異なるから空港会社は自主的に開示すべき。しかし開示しないというのなら裁判所から勧告してほしい」と口火を切った。「空港会社から開示しない旨の意見書がでている」として押し通そうとする裁判長。
 遠藤弁護士が「意見書は趣旨がかみ合っていない。空港会社は昭和45年の耕作状況をもとに市東さんの耕作場所を“推測したにすぎない”というが、30年分をどうして推測できるのか。開示しなければ分からないではないか」。さらに、「『推測したにすぎない』とは証拠価値を減殺させたことであり、明らかに違う主張になったのであるから、根拠を示さないのは不当」と迫った。
 沈黙でおし通そうとする空港会社とその防波堤になる内田裁判長。その攻防が延々と続くなか、市東さんが「(インカメラによる)スミ塗りは前の裁判長(白石史子)が行なった。だから裁判所は空港会社に出せと言えないのか」と鋭く指摘。裁判長は「出せと言って断られた」と事実をまげて言い訳した。葉山弁護士が、「(白石裁判長が行なった)スミ塗りの判断については内田裁判長の推測にすぎない。直接自分で判断すべき」と追及した。
 およそ1時間にわたる追及の最後の最後、弁護団は「ここで新たに文書提出命令を申し立てる」といって裁判所に申立書を提出した。併せて、「訴訟指揮が公平でない」との指摘を調書に残すこととなった。
 この申立ては極めて重大。開示すべきスミ塗り部分を開示しない結果、空港会社の対応いかんで、またも裁判が中断しかねない状況に入ったのだ。

 その後、弁護団は立証計画のあらましを説明した。その内容は、所有権(空港会社の無権利状態)、小作権と航空写真解析、権利濫用論などについての学者・専門家による意見書・証言で多岐にわたる。
 裁判後の報告会で市東さんは、「回を追うごとに裁判長は早く終らせようという姿勢が強くなる。さらに追及し、そのようなことのないようがんばろう」と述べた。
 裁判前には千葉市中央公園から、千葉銀座の繁華街を通って裁判所までデモ行進した。
 次回裁判は11月20日、次々回は2月19日。

 ▼写真:報告会で発言する市東孝雄さん

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「権利濫用」の主張を全面展開  請求異議第3回裁判(8月10日)

 8月10日、請求異議の第3回裁判が千葉地裁民事第5部(高瀬順久裁判長)で開かれた。この裁判で弁護団は、市東さんの農地取り上げの強制執行が「権利の濫用」にあたることを全面的に明らかにした。
 市東さんが請求異議を申し立てた根拠の一つは、1994年10月11日の円卓会議における「今後あらゆる意味で強制的手段を取らない」という、国と空港公団(現空港会社)の社会的公約。最高裁判決を盾に、空港会社はこの公約を破棄して農地取り上げを強行することは権利の濫用にあたる。大変重要な論点を、 弁護団は、以下の柱で陳述した。
1)権利濫用の学説・判例と「強制的手段の放棄」公約の歴史的事実
2)権利濫用を基礎づける、口頭弁論終結後の新たな事実

 学説では、「権利濫用とは見かけは権利の行使のようだが、社会性に反して是認できない行為」であり、それゆえ法律効果が生じないものとされている。具体的には、第三者への加害目的、不当な利益を得ようとする意図、不誠実な手段・経緯など。口頭弁論終結後(本件では2015年3月4日東京高裁の弁論終結後)の事実を基本とするが、弁論終結前の事実を含めて認められた判例が多く残されており、法廷ではこれを詳しく陳述した。
 さらに、「強制的手段の放棄」について、これが過去の謝罪にとどまらず、その後の空港建設を縛るものあることを、具体的に明らかにした。
 成田空港建設をめぐっては、①土地収用法等による暴力的権利行使が客観的・社会的に認められ、②成田空港シンポジウムで越智伊平運輸大臣(当時)が謝罪し、山本長公団総裁(当時)が収用裁決申請を取り下げ、③円卓会議で「あらゆる意味で強制的手段が取られてならず、あくまで話し合いによる解決」を隅谷調査団最終所見(1994年10月11日)とし、④中村徹公団総裁(当時)が所見を受けてその遵守を確約し、この方針のもとで、⑤黒野匡彦公団総裁(当時)が謝罪した。さらに運輸省松尾道彦事務次官(当時)は、「今後、円卓会議の結論を最大限尊重し実現に努める」と言明している。
 こうした経過と方針の下で、戸井健司公団用地部長が、「あくまでも話し合いで解決」との姿勢を裁判で証言した。
 ところが空港会社は、市東さんの農地について、これらをかなぐり捨てて暴力的執行を強行しようとしている。これは民主的手法の遵守に反して不誠実であり、権利濫用である。これにより、市東さんの農地と有機農業は回復し難い打撃を被り、農民としての死を強制されるものであることを、明らかにした。

 続いて、権利濫用を基礎づける、口頭弁論終結後の新たな事実を2点主張した。
●第1点 東峰地区・小泉英政氏の和解の事実
 2015年5月21日、東峰地区の小泉英政氏夫妻と空港会社で和解が成立した。これは1971年9月の第2次強制代執行の暴力行使について、国と千葉県が公式に謝罪し、43年をへて和解が成立したもの。「代執行はよねさんの生活を根こそぎ変えてしまうものであり…、農家の方々に“みせしめではなかったか”という感情を強く抱かせることとなり…、深く反省する」などと、和解調書添付の見解で空港会社は記述し、夏目誠空港会社社長が謝罪の言葉を述べている。
 この和解の事実が重要なのは、成田空港シンポジウム・円卓会議の公的確認が、口頭弁論終結後のこの時点で現実化したことである。
 「強制的手段の放棄」を公約し、大木よねさんの代執行に対しては43年にわたる係争ののちにこれを現実化させたこととの対極で、市東さんに対しては強制執行(公用収用)を行うことは信義に反し、権利濫用という他ない。
 これらの陳述の上に、弁護団は基本事件(農地法裁判)の一審多見谷寿郎判決を批判。なんら審理をしないで、「“あらゆる意味で強制的手段をとらない”とは、話し合いが頓挫した時まで、強制手段を放棄する趣旨ではなかった」書き込んだことは、弁論主義に反し、空港会社を援護するものと断じた。

 第2点 GSE/ULD(航空用特殊車両・コンテナ)置き場の虚構
 執行対象の土地は空港建設にとってなぜ不可欠なのか、基本事件(農地法裁判)では、空港会社の主張を鵜呑みにして、証拠に基づくことなく漫然と転用を認めた。
 だが、そもそも執行対象の一部を「GSE/ULD置き場」とする計画は、千葉県の問い合わせに答えるために急遽捏造した架空の計画だった。事実、エプロンやターミナルから遠く離れており、一体的な施設配置を求める空港計画の指針からして不合理。
 しかもその後(2012年頃から)LCC専用ターミナルの整備を進め、天神峰の西側の取香地区に巨大GSE/ULD置き場を計画・建設し、一部を供用し現在も拡張工事が進められている。
 南台41の農地の一部をGSE/ULD置き場とする転用目的は、架空の計画であったばかりか、その後の取香地区の激変は、その架空の計画すらも不要となったことを、事実をもって証明している。
 熱を込めた陳述の後、弁護団は今後さらに、滑走路の北延伸=3500m計画、第3滑走路増設計画、本件土地に関わる「へ」の字誘導路についてなど、農地取り上げの不合理を裏付ける主張を行う旨を通知。憲法学的視点からの意見書を10月中にも提出し、さらに論点を深めることを明らかにした。
 力のこもった弁論と主張・立証予定に対して、高瀬裁判長は、次回までに証人予定を提出するよう促した。
 次回裁判期日は、裁判所を含めて三者の調整がつかず、追って決めることとなった。

 裁判報告会で市東さんは、北原鉱治空港反対同盟事務局長の訃報に接して、「一貫した姿勢を見習い闘う」との決意を述べた。裁判の前には、千葉市中央公園からデモ行進し、千葉銀座を行き交う人々に訴えた。

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スミ塗り文書(乙85)について  (3)いまなぜ、スミ塗りの開示が必要なのか?!

Incamera  今回、このスミ塗り文書があらためて問題になったのは、空港会社の御都合主義的な釈明による。

「乙85は、昭和45年頃の耕作状況から推測したもの」(原告空港会社準備書面)だというのである。だから、これは不正確であり、その後につくられた「境界確認書」「同意書」(偽造文書のこと!)の添付図面が、市東さんの賃貸借地だと主張する。
 だがちょっと待て! 「推測した」というが、何をもとに、どのように推測したというのか? 肝心要のそこがスミ塗りされていては、市東さんも弁護団も調べようがない。
 土地収用委員会にまで提出したほどの「確かな証拠」を「推測した」にすぎないものへと評価変えするのなら、すべてを開示して根拠を示さなければならない。そうでなければ、裁判所としても判断のしようがないはずである。

 空港会社に肩入れして核心部を闇に葬るか、それともスミ塗りを解いて公正公平に判断するか、裁判所の真価が問われている。

▼右は「藤﨑政吉所有地(事件番号91)の取扱いについて(案)」と題する空港公団の調査報告書の一部。まるで“海苔弁”状態。3人の耕作者と耕作場所を明記した図面は、この文書に添付されていた

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スミ塗り文書(乙85)について  (1)南台41番地の権利関係を空港公団が明示した一件書類

Incamera_mono_sss  耕作権裁判で開示を追求している“スミ塗り文書”とは、「藤﨑政吉所有地(事件番号91)の取扱いについて(案)」と題する、1987年(S62)10月20日付の空港公団(現空港会社)調査報告書のこと。

 空港公団は1970年(S45)11月、藤﨑政吉氏所有の南台41番地の土地について、土地収用のための裁決申請を行った(「91」はこの時の事件番号)。しかしこの時点で、空港公団は土地の耕作状況(権利関係)を把握できなかったが、その後の買収交渉に伴い、石橋政次、根本和之助、市東東市の三人が小作耕作していたことが判明した。藤﨑氏は1984年(S59)5月、土地を7筆に分割し、3人の耕作場所を測量して図面にした。
 空港公団はこの調査結果をもとに、1986年(S61)6月、土地収用委員会に対して、小作権者の存在と耕作面積・場所を明記して変更手続きを行っている。報告書は、小作権を収用するための詳細な調査報告だった。
 この報告書の添付資料には、誰がどこを耕していたかを記した図面が添付されている(右図参照)。その図面のほぼ中央に「市東東市」の文字が見える。太い線で囲まれた畑の形状と位置は、市東孝雄さんが一貫して主張し、現在も耕作を続ける場所と一致している。

 南台41番地における市東さんの耕作場所を示す証拠は他にもあるが、空港公団が詳細な調査の上に一件書類としてまとめあげ、その結果をもとに土地収用委員会に対して権利関係を確定させた報告書ほど、確かなものはないはずだ。ところが公団は、それから半年弱のうちに、これとは異なる場所・形状を記した偽造文書(「境界確認書」「同意書」)を作成し、市東さんには内緒で土地の売買を行った(1988年4月12日)。
  だから空港会社は、自分たちに都合の悪いこの報告書の提出をかたくなに拒否し、文書提出をめぐる約2年間の攻防の末に、白石史子裁判長のインカメラ(裁判所の判断による一部不開示)の制約はあったものの、証拠として法廷に引き出されたのだった。

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スミ塗り開示を求め厳しく追及!  6・26耕作権裁判

_s  6月26日、千葉地裁民事第2部(内田裁判長)で耕作権裁判が行われた。賃借地の証拠を必死に隠す空港会社と、その防波堤となる内田裁判長に対して、市東さんと弁護団、傍聴人が激しく迫る緊迫の法廷となった。

 冒頭、書面と証拠の確認直後、一瀬弁護士が、「乙85号証に関連して、スミ塗りの開示を求めたが、回答や如何。法廷で明らかにされたい」と口火を切った。「乙85」とは、市東さんの賃借地(南台農地)に関する空港公団(現空港会社)作成の書類。4年前に弁護団が激しい追及で提出させたもの。しかし大半が当時の白石裁判長によるインカメラでスミ塗りにされたが、市東さんの賃借地が図示されており、それが現在の耕作場所と一致することから市東さんにとっては決定的な証拠のひとつ。(この書類の内容と性格の詳細については次回解説)
 賃借場所をめぐるこの間の攻防で追いつめられた空港会社は、会社にとってまったく不利なこの書類(乙85)について、「昭和45年頃の耕作状況から、推測したもの」だと釈明していた。
 しかし詳しく検討すればするほど、肝心なところがスミ塗りで隠されている。「当時の耕作状況から推測したにすぎず、耕作場所は甲8、甲9号証(偽造証拠のことだ!)で確定した」との立場の空港会社に対して、「ならば何を根拠に推測したのか」「スミ塗り部分を開示しなければ、分からない」と激しく迫る市東さんと弁護団。

 一時間余の追及で浮き彫りになったことは、空港会社の盾となる内田裁判長の訴訟指揮だ。「すでに結論が出たこと。会社側が開示しないというのであれば、やりとりすることではない」という態度。
 だがこれは筋違いだ。今、新たに、空港会社が「推測に過ぎない」と評価変えしているのだ。過去の事ではなく、今の釈明に対する究明である。「内田裁判長自身が、インカメラで確認すべき」と追及すると、「その立場にない」などと意味不明なことばで打ち切ろうとした。
 弁護団は、改めて書面で追及する旨伝え、引き続き徹底的に追及する構え。
 その後、筆跡鑑定についての確認のほか、証拠関係の整理(賃料支払いの明細、双方による畑図面の座標軸の一致など)を裁判長は求めてきた。ここにも早期結審に向かう内田裁判長の姿勢が窺われる。

 裁判報告会で市東孝雄さんは、「あれが内田裁判長の本来の姿と受け止めました。弁護団と傍聴席とがんばって、少しは届いたかなと思う。空港会社を追いつめ、全部出させるよう、頑張ります」と述べた。裁判の前には、千葉市中央公園からデモ行進が行われた。
 次回期日は9月25日(月)、次々回は11月20日(月)、いずれも午前10時30分開廷。デモも予定されています。

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▼(写真上)裁判報告会で発言する市東孝雄さん
  (下左)スミ塗りの会社書類を掲げ説明する葉山弁護士
  (下右)裁判報告会の様子

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請求異議第2回裁判報告(続き)

 5月25日の裁判で弁護団が陳述した準備書面(2)は、(1)に続く追加の主張。ここでは特に、口頭弁論終結後の新たな事実に基づく展開です。弁護団は以下の3点を取り上げ、本格的主張の前段の求釈明を空港会社に対して行った。

①成田空港の深夜早朝発着の3時間拡大、B滑走路北延伸と第3滑走路計画
②成田空港の国際線航空需要の減少
③取香地区におけるGSE置き場の増設

 ①について、3時間の拡大で静かな夜はわずか4時間。これまでの飛行禁止の規制を大きく破る計画に、空港会社の説明会で住民から強い不安と反対の声が上がっている。市東さんに対する強制執行は、これに繋がることから、周辺住民の生活を破壊し、憲法的保障の枠外に追いやることになる。

 ②については、2016年の運用実績を提示して、国際航空需要の減少を明らかにし、強制執行をやってまで本件農地を転用する緊急性も必要性もない。「増大する首都圏の国際航空需要に一刻も早く対応するため」という空港会社の口実は、ますます実態とかけ離れている。

 ③空港会社は、南台農地の一部につきGSE/ULD置き場とするという口実(架空の計画だ)で取り上げようとしている。しかしLCCターミナルに隣接する取香地区で、用地買収が進んだ結果、造成と道路工事が進んでいる。これによって広大なGSE置き場が確保できたのだから、南台の置き場計画は不要となった。

 これらの求釈明に対する空港会社の釈明を待って、次回以降、本格的な主張と論戦が行われることになる。
 強制執行を阻止し、最高裁判決を事実上ひっくり返す請求異議裁判とはどのようなものなのか? 第2回裁判を傍聴して、そのことが徐々に明らかになってきたように思われた。
▼取香地区のGSE置き場計画と新設道路
Tokkou_gse Shinsetsu

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原告・市東さんの準備書面(1)全文  請求異議裁判第2回

 5月25日の請求異議裁判で、原告・市東さんが提出した準備書面(1)は、以下からダウンロードしてください。
     ↓↓↓
  [注] 以下を訂正願います   19頁「第3」→「第2」   23頁「第4」→「第3」

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主張・釈明が法廷を圧倒!  請求異議第2回裁判(5月25日)

20170525shi  昨日(25日)、千葉地裁民事第5部(高瀬順久裁判長)で、請求異議の第2回裁判が開かれた。わずか数枚足らずの空港会社の書面に対して、弁護団は分厚い書面を提出(準備書面1と2)、約1時間をかけてその要旨を陳述した。
 準備書面(1)は、前回裁判で裁判所が行った求釈明に答えて市東孝雄さんの主張を核心的に主張するもの。三つの柱で構成されている。
 第1 空港会社の強制執行請求権の放棄
 第2 知事の許可処分の条件(離作補償料給付)は停止条件である
 第3 空港会社による強制執行の請求は権利の濫用であり許されない

 第1の「強制執行請求権の放棄」とは、空港会社が「今後あらゆる意味で強制的手段をとらない」と公式に表明し、用地問題は「あくまで話し合い解決」(1994年11月11日円卓会議)と誓約したことを根拠とする。この空港会社の姿勢は基本事件(農地法裁判)の審理過程で、空港会社側証人を含めて変わることはなかった。
 弁護団の指摘に対して、空港会社は「1994年のことだから口頭弁論終結後のことではない」とか「これは一審から上告審まで主張、審理されてきた」などと釈明しているが、審理されたことは一度もなく、学説的にも強制執行は「もっぱら執行の段階でその作用を発揮するものだから口頭弁論終結前のことでも主張して差し支えない」としている。会社側の釈明は崩れており、「最高裁の判決で考えが変わった、今は違う」という弁明は通用しない。

 第2の離作補償給付について。知事は解約申し入れを許可するにあたって離作補償の支払いを「条件」として明記した。空港会社は「条件」と書かれていることは認めたものの、これは土地の明け渡しと同時に支払えばいい(法的には「負担」)と言い張っている。裁判所は双方に対して判例・学説に基づき主張するよう求め、弁護団の陳述はこれに正面から答えるものだった。他方、空港会社の釈明には判例・学説の展開はないばかりか、明け渡し前に支払えば「原告(市東さん)は、離作補償とその間の農業利益と二重の利益を得ることになる」などと主張、それが裁判所の新たな釈明要求とされる始末。

 第3の「権利濫用」論は圧巻の陳述となった。最高裁判例によれば「確定判決上の権利といえども、信義に従い誠実に行使すべきであって、これを濫用してはならない」としている。だが、空港会社は「強制的手段の放棄」公約に真っ向から反して暴力的に農地を取り上げようとしている。「これが著しい信義則違反、反道義的行為でなくてなんであるか!」と強く弾劾した。
 また、GSE・ULD(特殊車両と航空用コンテナ)置き場をつくるなどという虚偽計画は信義にもとる。家の前の天神峰農地では出荷場など営農手段の一切を取り上げ、南台農地では係争中の畑(耕作権裁判)の真ん中を囲い込んで周囲を含めて使えなくさせるものだが、この執行に緊急性はない。さらに、会社代理人は、農地の「一部強制執行もある」などと発言したが、これは「害意ある恫愒執行」であって、権利濫用の極みというべきだと追及した。

 以上までが準備書面(1)の陳述内容。その後、口頭弁論終結後の具体的事実に基づく求釈明が準備書面(2)として陳述されたが、その報告は次回。

 この日は、午前9時に千葉市中央公園に集合し、市東孝雄さんを先頭に裁判所までデモ行進した。10時に葉山弁護士とともに、「強制執行の不許可を求める署名」5395筆を裁判所に提出した。
 裁判報告会で市東さんは、署名へのお礼を述べるとともに、「現地調査やカフェにたくさんの人が来ています。自分として気楽にやりたいと思っていました(笑)が…、励みになります。空港会社をもっと追及したい」と話しました。

次回裁判は8月10日(木)午前10時30分開廷
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  ▼写真
    ・報告会で発言する市東孝雄さん
    ・署名を手に裁判所に入る

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