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まさに、めげるヒマなし! 市東さん意気軒昂   ──11・20シンポジウムが大盛況

_ts_3  市東孝雄さんへのロングインタビューがメインの2016年シンポジウムは、昨日(20日)千駄ヶ谷区民会館集会場をぎっしり埋めて、熱気あふれる催しとなりました。

 大スクリーンに映し出された写真に合わせて、次から次へと繰り出される問いかけに、ユーモアを交えて応えた市東さんは、棄却決定直後の心境を聞かれて、 「自分の生き方の中に空港はない。農地だけです」とキッパリ答えました。自信に満ちた1時間20分のお話でした。
 緊迫の沖縄から安次富浩さんの特別報告を受けて、農地裁判弁護団から葉山、大口、遠藤、一瀬各弁護士が登壇し、最高裁の不当決定をさまざまな角度から弾劾しました。予定外に石原健二さんから、トランプ政権の登場とTPP批判の発言も。
 市東さんの会は、基調報告で上告棄却を弾劾するとともに、市東さんと一緒に歩んできた10年の運動を報告、「なんとしても農地を取り上げさせない闘いを」と訴えました。 また、農地裁判の上告棄却で耕作権裁判がますます重大になったことを踏まえ、鑑定書の応酬で逼迫する裁判基金の強化のための特別カンパの取り組みが、特に訴えられました。(今回初めて会場カンパを要請し、4万3069円が寄せられました)
 最後に事務局が、まとめと方針を提起。市東さんの農地をめぐる今の状況を広く全国の人々に知らせるとともに、“農地取り上げ強権発動には、ただちに現地に駆けつけよう”と呼びかけました。
 市東さんの農地闘争は、重大な局面に入りました。みなさん! 現地からの情報発信に、アンテナを高くしてください!

【写真】2人のインタビュアーの問いかけに応える市東孝雄さん

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写真・パネル展が終了

7月と9月、東京・千代田、成田市、朝霞市、千葉市で開催してきた写真・パネル展が、多くの来場者をえて終了しました。これは空港設置の閣議決定から50年の今年、報道写真家・故福島菊次郎による衝撃の記録から、新たな農地取り上げに立ち向かう今を見つめる連続企画。この市東さんの会事務局も実行委員会に加わり運営してきたものです。

 報告の詳細は「福島菊次郎写真展と三里塚の今」実行委員会のブログをご覧下さい。
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いつ潰されようと座り続ける ──正清太一さん シンポジウム報告⑨

_blog  脱原発の象徴である「経産省前テントひろば」は、昨年10月26日の高裁判決で、いつ撤去されるか予断を許さない緊迫した状況にあります。シンポジウム(集会)では、被告の一人である正清太一さんが状況報告。
(裁判は2011年9月11日からテントを張って運動を続ける渕上太郎さんと正清太一さんを相手に、土地の明け渡しと損害賠償を求めて国が訴え、東京高裁(高野伸裁判長)は、被告の控訴を棄却し、テントの撤去と1日につき2万1917円(約3300万円)の支払いを命じる判決を下した。判決には仮執行宣言がつけられ、最高裁の判決を待たずに撤去できる状況が生まれている)

 正清さんは年金・預金の差し押さえにめげず、最高裁に上告して闘っていることを報告し次のように話しました。
「テントの場所がじつに良かった。外務省と農水省と財務省に囲まれた非常に目立つから、国は早く潰したくてしょうがない」
「3・11から9月11日のテント立ち上げのまでの半年間に、私は8回ばかり福島に行った。小名浜から始まって、ぐるっと回って南相馬に入ったところガイガーカウンターが鳴りっぱなしになった。ローカル新聞に電話して、この状況で黙っているのかと話したら、ようやく問題になって、飯館村などはそれから避難を始めた。5月に入ってのこと。行政側は何もやらず、メディアは現場に行ってなかった。テントはそうした体験から立ち上げた」
「原発問題を論議する場所としてここを解放しろと、経産省に提起したため私と渕上君がたまたま被告になっているが、オレたちが主人公だと言って150人の方々が申し出て、51人がさらに名前を出して、そのあと東京地方裁判所から高等裁判所の段階で主張された。70%の国民が原発に反対している。特に女性の9割が原発やめろと言っている」

「闘いはまだまだ続く。ただ、いつテントが潰されるか分らない。今月か、来月いっぱいになるかもしれない。しかしそんなこととは関係なく、我々はテントの前で座り込み続けるということをはっきり確認している」
「私はあと10年がんばれば必ずひっくり返る、私はそう確信しています。みなさんとともにがんばって行きたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします」と訴えました。

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5年経って何も変わらぬ避難生活 ──國分富夫さん シンポジウム報告⑧

_blog  國分さんの福島報告は、原発事故から5年たってなお避難生活を強いる国と再稼働に動く政権への怒りに満ちたものでした。その一言一言が強く胸に迫るお話でした。

「原発事故から4年と8カ月、現状は何も変わってない。家族はみんな散らばり、地域のコミュニティーもすっかり無くなった。土地も山も海も、全部奪われ、生きている間には元にもどならない」
「自然界の放射能はだいたい0.04から0.05(マイクロシーベルト/時)だが、少なくてその3倍から11倍。多いところは100倍、200倍、300倍」
「事故で放出された放射性物質の10%から15%が地上、あとほとんど太平洋に落ちたから安心だと国は言う。オリンピック欲しさに、“原発はコントロールされています”とウソをつく。何を言うか、毎日2万4千ベクレルを流して、今も地球を汚している」
「川内原発が2基再稼働した。川内原発の周辺の人たちを恨むわけではないが、市町村議会の議員たちが福島に視察にきた。現状をみて原発再稼働を決めた。そして国は、事故がおきたら全責任を持つと言っている。でも福島の現実に責任とっているか? 今も帰れない。帰っても一生涯、放射能と向きあっていきていかなくちゃならないんです」
「安全だという学者がいる。しかしそれを裏付けるデータはない。何もないままに安心ですという。人殺しか! 晩発性障害はだれにも分からない。10年、20年後にどうなるかわからない」
「100万人に1人から3人と言われる子ども達の甲状腺がん。それが100人を超えている。“綿密に検査したからだ”と言い訳している。こんな馬鹿な話があるか。私は絶対に許せない」

そして

「原発はいらない。こんな危険なものはいらない。私たちの生涯と、日本をつぶすような原発はいらない」 「福島でおきたことを全国の人にさせたくない。だから原発反対運動を徹底的にやらなくてはならない。子孫を守るためにがんばりたい。福島を忘れずに欲しい」と訴えました。

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絶対にあきらめない、非暴力抵抗・不服従運動 ──安次富浩さん シンポジウム報告⑦

_blog  安次富さんの辺野古報告は、沖縄に基地をおしつける本土(ヤマト)の暴力性と歴史的な差別をうきぼりにするものでした。

「10月13日に翁長知事が、仲井眞前知事による辺野古埋め立て処分を取り消した。国は執行を停止して、アメリカと一緒になって奪おうとしている」
「海上行動の仲間に対しては海上保安庁の組織的な暴力。頸椎ねんざや海水を飲まされて肺に水が入れられ、陸ではヤマトから来ている機動隊が仲間の肋骨を折った」「安倍政権は私たちウチナーの未来をつぶしにかかっている」
「ゲート前500日をすぎ、浜での抵抗運動は4200日を越えた。そういう息の長い闘いをしながら、絶対にあきらめない、非暴力抵抗運動、不服従運動で闘っている」
「戦後70年間、“外交防衛は国の専管事項”といって沖縄の自己決定権を奪ってきた。辺野古の新基地建設というのもまさにそれで、沖縄に対して植民地支配、差別を続けていこうとする安倍政権の野望。12月2日の那覇高等裁判所で第1回口頭弁論が開かれるが、私たちは裁判で決着がつくとは思えない。現場の闘いと沖縄の大衆運動が、辺野古に新しい基地を作らせない最終決着だと私は信じている」

 そして司法について、三権分立上の独立がなされてないと弾劾して、
「砂川闘争は米軍の基地拡張に対して革新団体と農民が闘って勝利した。しかし最高裁は、在日米軍の存在を違憲とした伊達判決を覆した。当時の最高裁長官・田中は、アメリカ大使館と密約を交わしていた。司法の独立は奪われ、以後、日米安保は高度な政治的課題にして司法判断を避けるという流れがずっと続いている」と訴えました。

 さらに、「辺野古の問題は辺野古だけの問題じゃない」と突きつけ訴えることで闘いを拡大しようと動き出していると話しました。
「アメリカの政治家や知識人、軍事評論家などは“代案を示せ”という。普天間移設賛成・辺野古反対で代案? ふざけるな! あんたらがアメリカに帰ればいいんだ、そうでしょう」
「開き直るアメリカ政府に対して、私たちは市民的闘いの広がりを求めて運動している。ノーム・チョムスキーさんやオリバー・ストーン監督が辺野古の闘いを支持し、多くの著名人が署名した。それがいま確実に広がっている。平和を求める退役軍人の会が決議を上げ、バークレー市では市議会決議も上がった。極めつけはニューヨークタイムスで、「沖縄の闘いを支持する」「民主主義が問われているのは日本政府とアメリカ政府」と書いている。国連人権理事会で翁長さんは、“沖縄・辺野古の問題は、人権と自己決定権を侵害する問題だ”と訴えた」
「基地経済は沖縄の経済発展の阻害物だと、翁長さんは言い切ります。そして大事なのはイデオロギー対立ではなくて、沖縄の未来をどうするかという意味でのアイデンティティーの問題だと言う。もっともっと沖縄の歴史を学んで沖縄の支援に立ち上がって欲しい」と強く訴えました。

 「永田町や霞ヶ関の住民たちに、沖縄の未来をゆだねるつもりはない。沖縄の未来は私たちが作る」「闘いは、あきらめたら終わり。私たちのモットーは、粘り強く、したたかに、しなやかに。そして民衆の知恵。まさに正念場の闘いこの一年、がんばろう」と呼びかけました。

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農政に苦しむ日本の農家の象徴 ──小川浩さん シンポジウム報告⑥

_blog  小川さんはコメ農家の立場から、農業の現状を話すことで、市東さんの農地闘争の大切さを語りました。安倍農政のもとで進行する農家切り捨ての実態は驚くことばかり。

 「私は借地を含めて30町歩余のコメを作っている。昨年、米価が暴落して小作料も反当2俵から1俵(1万円程度)に下がってきた。水利費や維持管理費に1万円くらいかかるが、そういう固定経費分しか小作料(地代)として払えない。田んぼを人に貸しても、自分が食べるコメは自分で買わなくちゃならないというほどに稲作は衰退した」
 「一人暮らしの年寄りが老人ホームに入るために田んぼを売ったが、1町歩売ってホームの支払い3年分。それだけ資産価値が下落した」
 「昨年、農水省が発表したコメの生産費は全体で1俵1万5500円。はっきり生産費を割っている」
 「安倍政権は“強い農業” “6次産業化” “輸出増大”とか言っているけど、一般の農家にはまったく現実的でない」
 そして、
 「農地中間管理機構を通して、全耕地の8割を担い手に集積するとして、農地を貸し出せば最大で70万円の離作料を払うというが、これは70万円カネを出すから農家をやめろというものだ」と強く訴えました。

 大筋合意したTPPついては、
 「アメリカ7万トン、オーストラリア8500トンの主食用米の特別輸入枠が決まった。備蓄米として市場から隔離するというが、数年後に利用するわけで、その影響は必ず出る」
 「規模拡大を奨励するが、アメリカ農家は100町歩、オーストラリア1000町歩で太刀打ちできない。一定程度拡大してもそれからさらに拡大しようとすると、逆に生産費がかさむ現実があり、みんな悩み不安になっている」
 そして、アメリカと日本の農業保護策に触れて、
 「生産調整が、40数年やってきて初めて達成できたということが言われている。これまで進まなかった生産調整が、なぜいま達成できたのか? それは主食米を作るよりも、家畜米を作った方が収入が多くなるようにしたから。
 そのからくりは国の補助金。最大で反当10万5000円が出る。この家畜米のコメそのものの値段は、1キロ1円、1俵60円です」
 これにはさすがに会場から驚きの声が漏れました。
 小川さんは、アメリカと日本の農業保護策の違いを明らかにし、「アメリカでは農家が再生産できるシステムになっているが、日本は農家の責任でやれる人はやれ、だめな者はやめろというもので、農業を壊滅に追いやるもの」だと訴えました。

 そして最後に、
 「市東さんの問題は、今の日本の農民の現状を象徴するような問題だと思う。私は農業委員をやっていたが、貸借地の位置の間違いや私文書偽造は、おこりようのない問題です。これは農民に課せられた問題であると同時に、農民が生きる道もそこにあるんじゃないか」と話しました。

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TPPに対抗するひとつの根拠地 ──大野和興さん シンポジウム報告⑤

_blog  市東さんの農地闘争の意義をぞれぞれの立場から語る前半、4人目は農業ジャーナリストの大野和興さん。大野さんは四国山脈の集落で育った原風景と秋田の公民館で見た詩編から独自の百姓観を語り始めました。

 「百姓は身の内にちっちゃな宇宙を持っている」──その宇宙とは土地であり土。何代にもわたって伝え続けてきた風土、自然、注ぎこまれてきた人々の汗や涙とか、そういうものが農地であって、それは単なる土地ではない。こうした土への思いが、『壊死する風景』(*)で語り合う三里塚の農村青年の言葉にすでにあったことを紹介しました。
 「公団、国家は何平米、何ヘクタールの土地に切り分けて、それを買収する、しないと言うが、俺らはそうじゃないよな。“農地死守”っていう時には、そんなふうに区切られるようなものではなくて、区切りのないところで農をしている。それを土というんだろうなあ」と本の最後のところでしゃべっているが、この歳(若さ)で、闘いによってここまで行き着いたんだなと、思ったといいます。

 そしてフィリピン、タイとブラジルにおける命がけの土地解放闘争を紹介。戦前戦中の小作争議を経て農地改革に至る日本もまったく同様だと話しました。
 「そうやって手に入れたものは農民的土地所有です。この土も土地も山も川も海も森も、本来は誰のものでもなく、みんなのもの。それが歴史経過によって私的所有権が発生して力ある者に集中した。それを農民のもとに取り戻したのは、じつは農民の闘いです。世界中で農民が土地解放のために闘ったし、今も闘っている」「市東さんの農地問題もそういうものとして捉えた方がいい」と訴えました。
 「農民的土地所有も私的所有ではないかというと確かにそうだが、“土地はみんなもの”ということを具体的に表現するのは、耕す者がその土地を持つ(農地法の耕作者主義)ことであり、百姓の営みあってこその農地」。
 そしてTPPについて、「農業の側からみると、その本質は百姓を土地から引きはがすところにある。市東さんの土地の問題はTPPの先取りであり、そのあとに来るのは“多国籍資本的土地所有”。農民を解体し土地から追放して、土地を多国籍企業のものにする。そこに残るものは、営利目的の企業農業であって百姓の農業ではない」。

 「このままではやられっぱなしであって、百姓的土地所有を基礎にすえた市民的土地利用によって対抗軸を立てる」
 「市東さんが有機農業で農作物をつくり、それを会員・消費者が分け合って食べる、全国でも拡がるこうしたあり方がTPPに対抗するひとつの根拠地になると思う。その意味でも、市東さんの農地裁判はとっても重要だ」と訴えました。

*『壊死する風景 ──三里塚農民の生とことば』(1970年 のら社)  2005年に創土社から復刻版が出されている

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農地法による「農地収用」は憲法違反 ──内藤光博さん シンポジウム報告④

Photo  内藤先生は憲法学の視点から、市東さんの農地取り上げ問題を明らかにしました。

1)冒頭、シンポジウムのテーマである「公共性」について、要旨、次のように述べています。
 「公共性」は自民党改憲草案でも中心的な問題である(「公益および公の秩序」)。
 日本国憲法は人権をすべての人に平等に保障しているが、同時に「公共の福祉」による制限を明確にしていて、この「公共の福祉」はともすれば国家の利益として主張され、憲法的公共性あるいは市民的公共性と対立する場合がある。
 国家的、権力的な公共性というものは、じつは人権と対立し制限するものとして使われることが大問題。

2)これを踏まえて、次に市東さんの農地について
 結論的に、市東さんの農地取り上げ(事実上の土地収用)に、農地法を適用するのは憲法29条に違反する。
 もともと農地法は農地転用のためのものではなくて、農地解放を受けた小作人の地位を保全し、農地を維持し、安定的な食料供給を目指して制定された。憲法に次ぐ法律だと言ってよいほどの意味があった。農地法は何度か改正されたが、この立法目的は不変。この法律を適用して農地を取り上げるということは、法の目的からして許されない。
 憲法29条は「財産権はこれを侵してはならない」としたうえで、「公共の福祉」に適合することを求め、「正当な補償のもとに公共のために用いることができる」と書いている。土地収用法はこれに基づいている。
 土地収用法が適用できなくなったので、それに代えて農地法(農地賃貸借の解約制限)で事実上の収用効果を得るとなると問題が起きる。29条3項の正当な補償が受けられないことになり、生存に関わるような農地を収用することは29条1項の財産権補償を侵害する。
 成田では土地収用法はもはや適用できないから、現在、市東さんから土地を取り上げる法的根拠はどこにも存在しない。それをあえて農地法を持ち出して収用効果を得ようとするのは、憲法違反である。

3)そして最後に次のように結ばれました
 農地というのは単なる財産ではない。生存権的財産であるがこれにとどまらず、そこから食料を生み出し全人類に提供しているという意味で公共財。本来カネに代えられないものを、資本の論理で押し通すことなると、市民的あるいは憲法的人権に関わるような公共性というものが、損なわれ滅ぼされるということになろうかと考える。
 さらに日本国憲法の25条は、健康かつ文化的な生存を維持する権利(生存権)を認めているが、市東さんは有機農業を信念としている。その文化的生存権を破壊することになると思う。
 農地法などはなくしてしまおうと(政権は)思っているのだろうが、農業の重要性までも滅ぼしてしまうという大問題にいきつく大きな課題を抱えていると、私は考えている。

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市東さんの農地は人権・平和の根拠地 ──鎌倉孝夫さん シンポジウム報告③

Photo  鎌倉先生のお話は、農地を守る市東さんの闘いの意義を、積極的に捉え返すそうとするものでした。論点は、以下の3点。続いて要旨。
1) 人間が人間として生きる根拠としての市東さんの農地
2) 基本的人権を奪う成田空港
3) カネと命は両立しえないという現実
1)
  人間が人間として生きるための根拠を、資本論では“実体”という言葉を使っている。人間は、生きるために不可欠な物(農産物はその基本)を生産し続けている。その担い手(主体)は、直接の生産者である労働者・農民。生産手段としての土地(農地)は彼らによって自主的・意識的に使われることが根本になければならない。ところが資本に雇われると、労働者も土地もカネ儲けの手段として使われる。
 市東さんは自ら有機農法を通して土を作り作物を生産するが、これはまさに宝。農地を自主的に使っているのであって、単なる物権、財産権としての土地ではなく、単なる生産手段としての土地でもない。「人権の基本としての勤労権」が憲法27条で保障されているが、自主的勤労権の保障としての土地の使用ということが、社会的条件として徹底的に有用である。
2)
  成田空港は「公共性」を強調して農地を奪う根拠とするが、それはまったく欺瞞。私的利益を追求する成田空港会社に公共性はない。公共性の基本は、生きて働き、社会を担う労働者の生活、勤労権を保障することにある。
 新自由主義は、資本の利潤追求に自由を保障するものであって、それ自体にはなんの公共性もない。成田空港が発展すると日本経済が拡大するというが、いま資本は史上最高の利益を実現しているにGDPはマイナスを続けている。現実の前に、そんな理屈はすっとんでいる。だから違法、不法、無法の土地収奪が現に行なわれることになる。
3)
  アベノミクスのもとで、多国籍企業化した日本の大資本がためこんだ利益(内部留保)は300兆円を越えている。なぜ膨大な利益を資本が獲得できるのか? 労働組合が「資本が儲ければ会社がが成長し、やがて賃金にまわってくる」と幻想を抱いているいるからだ。
 これまで資本は、賃金を切りさげ、非正規労働者を使い、労働時間を延長することで利潤を拡大してきた。利潤の拡大が生活破壊に拠ってきた。新自由主義のもとで、カネと命は両立しない。3・11はこのことを明確にした。
 しかも人の命さえ、カネ儲けの手段とする。アメリカの産軍複合体と同じように、国家財政に依存して兵器を生産し、パリのテロ事件を使ってイスラミックステイトたいして自衛隊を動かそうとしている。「死の商人」化しつつある。
 資本主義の出発点は農民や手工業者から土地を暴力的に奪うところから始まったが、いままた無法の暴力で土地と生存権を奪う。暴力から始まった資本主義は、暴力無くして体制を維持できない。
 資本と国家を変える、生活権、生存権を保障する。その展望を明確にしよう。市東さんの土地闘争はその根拠地になりうると思う。私は連帯し続ける。
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許せない! 公団教唆の“地震売買” ──石原健二さん シンポジウム報告②

Photo_3  石原先生のお話は、高度成長期の「開発」と農地転用の関係を詳細に語って、市東さんの農地の根底にある問題を明らかにするものでした。

 1968年制定の新都市計画法の特徴は、①土地は「公共財」として都市計画の決定権を国が持つこと(公的利用では収用法を発動)、②土地は有効利用すべきとして、市街化区域の農地の転用許可を届出制とし課税は宅地並とした。
 その後の度重なる改正は、市街化区域から農地を徹底的に排除し、2000年代には「都市農村計画法」となって規制が広がり、これと表裏一体の関係で農地法の転用規制が緩和されていったという。
 農地法については、とりわけ2009年の改悪で「耕作者主義の放棄」と「企業による農地利用」を認めて、戦後の農地制度の大転換がなされた。
 「このあたりから農地の利用だけでなく、企業が農地を取得できるようにせよという要求となっている。そして今年、耕作放棄地に対して1・8倍の固定資産税をかけて、農家から(農地を)引きはがすことをやっている。いまや農地というのは、農用としてほとんど認められなくなった。農地を農業以外のあらゆるものに利用して、残ったところを耕作すればいいという、田中角栄の“残存農地”が今の現実」。

 そして最後に、市東さんの農地問題の根底には、このような歴史経過があるが、それを超える問題があると指摘しました。
 「特徴のひとつは、農地改革にもかかわらず、地主が手を使って小作地として残したこと。もうひとつは、“地震売買”による、小作地の公的機関による取得です。こんな馬鹿な話はない。今の農地法はもちろん、昭和18年の農地調整法のときから、地震売買は禁止されている。賃借人(市東さん)の合意解約なしに、地主が農地を売買するのは、まったくの農地法違反であって、しかもそれを公的機関が教唆しやったことが許せない。これでは、農地法を無くそうという今の過程を越えて、もっともっといい加減にして構わないことになる。絶対に許してはなりません」と訴えました。

 ※「地震売買」については、11月27日のブログをご覧ください。市東さんの農地問題の核心をズバリ突いた言葉です。

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